破壊こそ創造

バイオゴリラの猿言葉に影響受け過ぎなブログタイトル うつや社交不安障害持ちの野球好きが徒然なるままに色々ほざきます

暴言は暴力

anond.hatelabo.jp

偉い人「ばーかばーか

下っ端「くっそー俺達の本気を見せちゃるぞー」

偉い人「すごい!やれば出来るじゃないか!」

下っ端「ふふん。見なおしてくれましたか?」

偉い人「実はお前たちのやる気を出すための演技だったのさ」

下っ端「そうだったのか……俺たちのために悪役を演じてくれたのか……ポロポロ」

っていう展開大っ嫌いなんだよね。

 って話。

極端な話、「もう死んでやる・・・」「やってみろ腰抜け」→本当に自殺なんて展開もあるわけですよねえ。その時に煽った側は責任を取れるのでしょうか。

自分はこういうこと言われて発奮したことはない。
何がきっかけだったのかは忘れたが、親父(当時まだ若くてちょっと脳筋だった)に何か上記の展開を期待したような言葉をかけられる→僕「じゃあ、もういいよ、やめるわ、もうどうでもいいわバーカ」という展開になったが、滅茶苦茶怒られた。

暴言っていうのは暴力と一緒。
これ、体罰における「愛のムチ」って言い訳と一緒なんだよねえ。
勝手に相手に通じると思ってる。
暴言で人を動かそうとする人は結局のところ暴力で支配しようとする人間と同じ。
大学だと体罰とかはないけど、それでも「言葉」によって(アカハラとか)追いつめられて壊れてしまった人を何人も見てきた。
殴ったりはしないけど、大きな声、コワイ言葉遣いでその場を支配する先生・上司もたくさんいた。
こういう人たちで根はいい人だと感じた人はほとんどいない。
彼らは等しく暴力の権化である。
相手の為を思って暴言を吐く→恨まれて逆に危害を加えられる、自殺されるなんてケースの報道が増えたらこんな阿呆みたいなことをする人は減るだろうか。

他人に刃を向ける事のないように自分自身肝に命じておかないといけない。