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破壊こそ創造

バイオゴリラの猿言葉に影響受け過ぎなブログタイトル うつや社交不安障害持ちの野球好きが徒然なるままに色々ほざきます

努力とか頑張るとか

僕は20歳を過ぎた頃から努力って言葉がよくわからなくなってしまった。
他の誰か頑張ってる様子を忌々しそうに見て(まあ自分自身がそう思ってるわけではないけど)、「必死になってるのがおかしく見えるの?」「なんで頑張る人をバカにするの?」なんて言われたりする。
違うんだ。決して人の頑張りを笑いたいんじゃないんだ。
そうじゃなくて「頑張る」ことが出来ない自分が情けなく、色んな理由付けをして自分を正当化して、でも正当化しきれなくて、自分の否定が行き過ぎてそのうち頑張ることが出来る人間が羨ましくて憎くなるんだ。そしてまた自分が嫌いになる、その繰り返し。(そのくせ艱難辛苦の努力の塊なアスリートが主人公であるプロ野球が好きだったりという矛盾)

子供の頃から「良い子」だと言われ、きっとそれを演じるのに疲れたんだねと言われることがあるけど、そうでもない。
僕は普通にしていたけど周りが勝手に良い子なんて言ってた。ただ今までもやりたくないことはやらなかったし、それで困ることはなかっただけで。努力をするにしても、ひたすら長時間の勉強をするとか、スポーツで言えばただの猛練習を、西尾維新風に言うと「徒労」を、何の考えもなしにこなしてた、消化してた。
大学生になるとそれで困ったことが出てくる。嫌いな授業をやりたくないからやらない、それで留年してしまった。就職活動でも震災の時期だったので実際に就職難だったが、それを差し置いてもただ無駄にがむしゃらでろくに調べもせず最悪の職場を選んでしまった。その後の就職活動でも「適切」な努力はできなかった、しなかった、分からなかった。
こんなのを真面目系クズなんて言うのだろうか。
よく自問自答するけど、真面目でもないし、クズにすら慣れてない半端者感が強い(社会的立ち位置は確かにクズかもしれない)

西尾維新で思い出したけど、<物語>シリーズの千石撫子ちゃん、真面目系クズなんて評価もあるけど、あの娘は自分の好き勝手生きて、それで周りが勝手に「可愛い」「真面目」って言ってるだけだ。囮物語読んで彼女に失望したって人もいるけど、化物語の時の「可愛い」を「囮物語」の時に裏切られたと勝手に読者が思ってるだけだ。

あいつらに勝ちたい
格好よくなくても 強くなくても 正しくなくても
美しくなくとも 可愛げがなくとも 綺麗じゃなくとも
格好よくて 強くて正しくて 美しくて可愛くて 綺麗な連中に勝ちたい
才能に恵まれなくっても 頭が悪くても 性格が悪くても
おちこぼれでも はぐれものでも 出来損ないでも
才能あふれる 頭と性格のいい 上り調子でつるんでいる できた連中に勝ちたい
友達ができないまま 友達ができる奴に勝ちたい
努力できないまま 努力できる連中に勝ちたい
勝利できないまま 勝利できる奴に勝ちたい
不幸なままで 幸せな奴に勝ちたい
嫌われ者でも!憎まれっ子でも!やられ役でも!
主役を張れるって証明したい!!めだかボックス11巻より引用

めだかボックス球磨川禊の言葉だ。この言葉に出会えたようやく自分を肯定してやることが出来るようになった。努力することを頑張ることをしないのはただ単に駄目なことだとだけ思うことはなくなった。少し開放されたのかもしれない。精神の波はあるけど、ただ精神安定剤や酒を飲むだけ、暴飲暴食するだけ、散財するだけってところからは抜け出せた。自分を肯定できる、してやる、否定させない。この言葉に出会ってから別に人生うまくいったわけじゃない。会社はすぐに辞めたし、その後も破綻した生活したし、結局実家に帰ったし。ただここにいる己をゴミ箱に捨ててもシュレッダーにかけても、もう一度拾い集めて、負の感情であろうと自分の一部と思って生きてる。

球磨川禊の言葉のように駄目なまま、それを最大限肯定したまま勝ちたい。あの人は頑張ったから上手く出来たって言わるんじゃなくて、あいつは駄目なやつだけど成し遂げられたって言われたい。それは恐らく客観的に気持ち悪いことだろうけど、社会が「ありのままの自分で」と言うなら、こんな気持ち悪い人間も肯定してみろ。